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    <title>中国の魅力 </title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/catalog/31_1.html</link>
    <description>mykanpoの中国の魅力 </description>
	<language>ja</language> 
    <copyright>Copyright (C) 2007 mykanpo.com All Rights Reserved.</copyright>
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    <title>海辺の石頭城</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10565.html</link>
    <description><![CDATA[浙江省の東部。その海辺のごく普通の漁村――石塘。同省にある艶やかな西湖、あるいは小橋と水の流れで有名な紹興とは比較にならないかも知れないが、建物は非常に特色に富んでいる。石の家が海辺の山の崖に折り重なるように並ぶ。フランスのノートルダム寺院は多くの画家が必ず訪れることで知られるが、石塘村は中国の画家なら知らぬ人はいない。 

石塘で最も魅了されるのが、びっしりと立ち並ぶ建物だろう。土地が狭いた]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:58:32 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>草原の家――蒙古包</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10564.html</link>
    <description><![CDATA[内蒙古自治区のフルンベル草原。その錫尼河畔に住む遊牧民族、蒙古族（プリヤトゥ）の大半はすでに定住生活を始めた。それでも今もなお、半定住の「泥包」生活を送る人々がいる。 

「泥包」の外観はフェルト製の蒙古包（パオ）とよく似ている。ヤナギの枝を並べて泥で覆って固め、内部には木の板を敷き、炉を吊り下げているのでとても暖かい。夏になると、人びとは点在する泥包で生活を始める。草が芽吹いて川の流れがぬる]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:57:46 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>仏山市の古巷</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10563.html</link>
    <description><![CDATA[広東省の仏山市は紡織、陶磁器、エレクトロニクス、家電を主体にした繁華な現代的な都市だ。その一角に古い巷（こう?横丁）が、林立する高層ビルに挟まれるかのように存在している。昔日の姿を今に残す巷だ。 

古巷の1つ、東華里。旧市街地の中心部にある横丁で、全長153メートル。両端に門楼があるが、狭い通りなので目につきにくい。門楼に「東華里」の３文字が書かれ、その上に「道光年」（1843年）と刻されて]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:57:05 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>閑静で快適な北京の四合院</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10562.html</link>
    <description><![CDATA[中国北方の住宅と言えば、北京の四合院が代表格だ。伝統的な民居として、元の時代（1271〜1368年）に建てられ始めた。ただ、今現存する四合院の大多数は清の時代（1644〜1911年）から1930年代にかけて造られたもの。 

四合院の「四」の字は、東西南北の四面を表している。「合」は取り囲むという意味で、四合院は四つの面に家屋があり、あるいは四つの面が壁に囲まれた家屋のこと。構造は封建時代の宗]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:56:13 +0800</pubDate>
    </item>
    
    <item>
    <title>独特の魅力に富む吊脚楼</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10561.html</link>
    <description><![CDATA[中国の諺で「高楼、万丈にして平地に起つ」と言う。ただ、例外もある。湖南省西部に点在する「吊脚楼」がそうだ。 

湖南省西部は山紫水明の地。この土地に世々代々暮らしてきたトウチャ族やトン族などの生活はすべて、山と水をぬきにしては考えられない。至るところで目にする吊脚楼はほぼ山と水のうえに屹立している、とも言える独特な建築物だ。二、三階しかないが、水面や山の中腹に「吊り下がっている」ので、まるで空]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:55:35 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>風格漂う門楼のある宅院</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10560.html</link>
    <description><![CDATA[雲南省大理市の喜洲郷にある田荘賓館はもともと、私邸だった。その風格から言えば、非常に典型的なペー族の建築物だ。 

遠くから眺めると、風格ある立派な門楼に背の高い白壁、青味がかった灰色の瓦屋根と、ペー族の建物としての特徴が非常に鮮明である。反り返った二層の青瓦には、周囲に様々な文様のある大理石が嵌め込まれていて、そのうえに山水花鳥の図案が描かれたものもある。反りのある庇は翼を広げたタカを彷彿さ]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:54:33 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>陝西省北部の土窯洞</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10559.html</link>
    <description><![CDATA[ずいぶんと遠い昔、はるか遠い北方から黄土が風に乗って西北高原まで運ばれ、一日また一日と、そして一年また一年と繰り返されるなか、陝西省北部の地にとてつもなく広く、また土層の厚い黄土地帯が形成されていった。窯洞がこの土地に出現したのは、人が住むようになってすぐのことだ。窯洞はまさに黄帝の子孫が繁栄し、生活し、燦爛と輝く文化を創造したところである。 

黄河の中流に位置し、黄土高原の丘陵にある延安地]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:51:28 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>黄土高原の古い村落</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10558.html</link>
    <description><![CDATA[党家村は陝西省韓城市から東北へ約10キロのところ、ひょうたんの形をした谷にあって、沁水河が村を貫いて流れている。黄土の台状の地に立って下を眺めると、緑の木々の間にうっすらとした青レンガ瓦の家が並び、高くて大きな祖廟や鳥居、宝塔が点在しているのが見える。景色の秀麗な、非常に古色蒼然とした村だ。600年以上も前に建てられた四合院式の民居は140余りを数え、砦や風水路、鳥居、家廟、哨楼（見張り台）などの]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:49:29 +0800</pubDate>
    </item>
    
    <item>
    <title>康巴チベット族の民居</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10557.html</link>
    <description><![CDATA[中国には東西に長江、黄河文化地帯、それに西部の山脈が横断する地区を流れる金沙江、雅&#31025;江が織り成す峡谷地帯がある。多くの民族は地理的条件などから峡谷に沿って南北に往来、移動し、子孫をつくり、その土地に融和し、長い年月が流れていくなか、中国で唯一の南北を走る狭く長い文化地帯が形成されていった。この土地に今、人々の関心が集まっている。康巴（カンパ）地区にいるチベット族の人々が住むところはま]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:47:41 +0800</pubDate>
    </item>
    
    <item>
    <title>江南第一の大屋場</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10556.html</link>
    <description><![CDATA[江南第一の大屋場（分家した一族が集まって暮らす集落）と呼ばれる張谷英大屋場は保存状態のよい古代建築群で、すでに500年以上の歴史をもつ。その建築規模の壮大さ、建築風格の独特さ、建築芸術としての優美さで全国でも珍しい建物だ。とくに中国の伝統文化と平民の意識が集約されていて、漢民族が一つの民族として集まり暮らす典型とも言えることから、人々の関心は高く重視されている。 

張谷英大屋場は湖南省岳陽市]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 14:46:23 +0800</pubDate>
    </item>
    
    <item>
    <title>江南水郷の&#29994;直鎮</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10555.html</link>
    <description><![CDATA[江南は素晴らしいとよく言われるが、古今を通じてどれほどの詩人や墨客が秀麗な詩歌を残してきたことか。詩的な境地に達せなくても、小橋や流水、人家をこの目で見たいと思った。だが、バスを下りると、周囲は現代的な高層ビルばかり。これは求めていた江南の光景ではない。あとで知ったのだが、この数年の間に開発された&#29994;直鎮（ろくようちん）の新市街地だった。建物を通り抜け、橋を三つ渡ると、まるで今日から昨]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 12:28:42 +0800</pubDate>
    </item>
    
    <item>
    <title>山里の古い鎮</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10554.html</link>
    <description><![CDATA[江西省&#23162;源県にある紫陽鎮。まるで半島にでも来たようだ、というのが第一印象だった。三面が水に囲まれ、一面は山を背にしている。周囲の山には一年を通じて緑豊かな広大な茶畑が広がる。緑樹のなかに高層ビルが聳え立っていても、至るところで古い小路が交錯していて、青色の石板が敷かれた路面は風雨に浸食されて鏡のように光沢がある。 

&#23162;源では多くの住居の前に高さ２メートルほどの「照]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 12:27:59 +0800</pubDate>
    </item>
    
    <item>
    <title>西逓村：「明清民居博物館」</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10553.html</link>
    <description><![CDATA[安徽省南部、黔県の西逓村は明清時代（1368&#12316;1911年）の民居がかなり完全な形で残る村落である。緑のなかに映る白壁と青瓦の家々、祠堂、鳥居、楼閣に安徽の典型的な建築風格といにしえの風韻が感じられる。 

内外の建築の専門家が「明清民居博物館」と呼ぶ西逓村は、小さな山村に過ぎないが、昔は数多くの偉人を輩出した。史書の記載によれば、明清以降だけでも、よその土地で官吏になった人物は百]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 12:27:06 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>石庫門にある古い住居</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10552.html</link>
    <description><![CDATA[上海テレビ塔の展望台から俯瞰すると、市街地は低い赤色の屋根でぎっしり埋め尽くされている。こうした家々が上海で有名な石庫門の住居だ。 

石庫門住居は歴史が上海に残した一つの遺産、とも言えるだろう。上海は中国最大の工業都市で、最も早く対外開放された商業港の一つだった。開港されると、西洋人が続々押し寄せ、19世紀中葉には不平等条約によって租界が設けられた。最も古いのが英租界で、のちに米国やフランス]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 12:26:16 +0800</pubDate>
    </item>
    
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    <title>丁村の民居――北方農民の“宮殿”</title>
    <link>http://www.mykanpo.com/news/2008/07/15/10551.html</link>
    <description><![CDATA[陝西省南部襄汾県内を流れる汾河の東岸に丁村と呼ばれる村落がある。小さなところだが、非常に引き付けられる村だ。50年代に地下から30&#12316;10万年前の人類の遺跡が発見されたことから、丁村は旧石器時代中期の重要な文化遺跡に指定された。地上には明清時代（1368&#12316;1911年）の民居が今でもその姿を留めている。 

丁村はもともと丁氏一族の居住場所。のちに一家は農業をやめて商売]]></description>
	<author>mykanpo</author>
    <pubDate>Tue,15 Jul 2008 12:25:16 +0800</pubDate>
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